大正ロマンで非日常を~憧れのあの時代を旅するブログ~

華やかで儚い大正時代を味わいませんか。

*

幸田文 おとうと

   

 

51wexXnQWcL._SX349_BO1,204,203,200_

 

幸田文さんの「おとうと」です。

幸田露伴氏の娘さんということを知って驚きました。

氏の小説は読んだことはありませんが名前くらいは知っています。

いずれ読んでみたいと思います。

 

さて、今回の小説「おとうと」。

前回のはいからさんが通るとは違い、またしても悲しいラストを迎えます。

場面設定は後半の関東大震災の描写から見るに

ちょうど大正時代真っただ中。

一般庶民である家庭の姉弟の生活が描かれた作品です。

14歳から19歳までの5年間の弟とのやり取りが

姉視点で書かれています。

 

個人的には最初、とっつきにくい作品だと思いました。

まず「げん」という名前から男性だと思いこんだために

なかなか物語に入っていけませんでした。

(これは私の個人的なミスですが。)

 

冒頭の部分では姉弟だけというよりも

家庭内でのそれぞれの立場や心情が書かれていて

特別2人だけの描写だけというわけではありません。

 

この時代にしては珍しい(とまた勝手にイメージしている)

頭ごなしに叱るわけではない父親、

リュウマチ持ちの信心深い継母、

頑固だが実は気が弱く弟思いのげん、

やりたいことをやっている奔放な弟「碧郎」。

これが読んでいてそれぞれに思った印象です。

 

裕福だとは言えないが決して貧しいわけではなく、

経済的な面よりも精神的な面、家族の繋がりの面が

とても細かく描かれていて途中から引き込まれました。

 

母親は何歳から継母として迎え入れられてのは分かりませんが

2人の子供たちとの関係から察するに

幼少期からではなく割と最近嫁いできたように思われます。

母親の性格もあると思いますが

10代の息子娘とならもっと仲睦まじい生活を送るのが

普通だと感じます。

結局最後の方まで母親との愛情あふれるようなエピソードは

出てきませんでした。

なんか切ない・・・

 

子供時代の事件をキッカケに碧郎はいわゆる不良の道へ進んでいくわけですが、

人様に迷惑をかけて困らせようとしているのではなく

(万引き事件と馬の事件は別にして)、

やりたいことを思う存分楽しんでいる少年の様な生き方が印象的です。

それを分かっているからか父親は碧郎の振る舞いをあまり咎めません。

 

げんの方はといえば不平や不満を言うこともありますが、

それを差し引いても家族のために尽くしている方が大きく感じられます。

この時代の小説において年頃の娘が美人設定じゃないのは

逆に珍しかったですね。今までは若い娘は大抵美人、美少女でしたから。

 

 

この小説の大正時代を強く印象付けるものは

物語中盤以降に現われる弟碧郎の結核です。

未だ完治させる方法が見つからない不治の病、

そしてこの病そのものが大正時代の儚さ、物悲しさを感じさせる、

読んでいてそう感じました。

 

主に碧郎の世話をしているのはげん、

父親は一生懸命入院費を稼いでいます。

一方体が悪いとはいえ母親は何をしてるんだ?と

思わずにはいられません。家でひたすら神様にお祈りしていたんでしょうか。

 

最後の碧郎が亡くなる場面で「かあさんと呼んでもらいたいのである」

という所がありますが、それは調子が良すぎると感じました。

それだけ思っていたならなぜそうなる前に

碧郎に色々してやらないんだと。

 

最後のシーンで碧郎に呼んでもらって良いのは

自分のことを一番に思って献身的な介護をしてくれた姉のげんであり、

表には出てこなくとも必死に息子の入院費や家計を支えるために働き

いつでも碧郎の考えを受け止めてやりたいように生きさせた父親です。

 

 

結核で死に至る描写ありきでこの物語は終わりますが、

もし碧郎がこのまま病にかからず生きていたら

全く違う家族関係になっていたような感じはします。

 

最後の母親の描写も含めて、碧郎が病に倒れたからこそ

皮肉にも初めて家族の考えや目的が一つの方向に向かったと、

そう思います。

 

ストーリー自体は悲しい結末になりますが

やっぱり碧郎自身がとっても不憫に感じます。

この先に物語が続くなら

げんには結婚して幸せになってもらいたいですね。

 

 

 - 小説 , ,

フォレックス・ドットコムクチコミ情報